79.今治城
日本100名城基本情報
住所 | 愛媛県今治市通町3-1-3 |
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電話 | 0898-31-9233 |
築城年 | 1602年(慶長7年) |
営業情報
開館時間 | 9:00~17:00(最終入館16:30) |
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入場料 | 料■一般:520円 ■学生:260円 ■高校生以下または18歳未満:無料 ■高齢者(65歳以上):420円 |
休館日 | 12月29日~12月31日(その他、展示替など運営上必要なとき) |
1. 今治城の概要と歴史
今治城は愛媛県今治市通町にある日本の城で、別名「吹揚城」「吹上城」とも呼ばれています。1602年(慶長7年)に築城の名手として知られる藤堂高虎によって築城が開始され、1604年(慶長9年)に完成しました。瀬戸内海に面した海岸に築かれた海城で、三重の堀に海水を引き入れた特異な構造を持ち、日本三大水城の一つに数えられています。普請奉行として渡辺了の名が知られており、より効率的な都市経営を目指すため、従来の山頂にあった国府城に代わって築城されました。現在は1953年(昭和28年)に愛媛県史跡に指定され、日本100名城にも選定されています。
2. 築城者・藤堂高虎の功績
藤堂高虎(1556-1630)は戦国時代屈指の築城の名手として知られ、生涯にわたって主君を7度変えながらも、その卓越した築城技術で重用された武将です。近江国(現在の滋賀県)の土豪の次男として生まれ、浅井長政に仕え1570年(元亀元年)の姉川の戦いで初陣を果たしました。その後、羽柴秀吉の弟秀長に仕官したことが栄達の契機となり、関ヶ原の戦いでは東軍に属して戦功を挙げ、伊予国今治20万石を領有することになりました。高虎は今治城において、それまでの望楼型天守とは異なる日本初の層塔型天守を創建し、この様式が後の江戸城をはじめとする城郭普請で採用され、近世天守建築の主流となりました。
3. 海城としての特異な構造
今治城は海上交通の要所である今治らしく、海を最大限に活用した独特の構造を持つ海城です。三重の堀に海水を引き入れ、当時は海から堀へ直接船で入ることができ、城内には船が停泊できるほどの池が設けられていました。直線的な城壁で囲まれた三重の曲輪と、海水を引き入れた三重の幅広い水堀、主要な虎口には枡形門、高石垣には多門櫓などを配置し、高虎の築城手法が遺憾なく発揮されています。現在でも堀には海水が出入りする珍しい構造になっており、海の魚が泳ぐ姿を見ることができ、2016年には体長1.8メートルのエイが発見されて話題になりました。
4. 天守の歴史と移築説
今治城の天守については興味深い歴史があります。築城時には五重五階の独立式層塔型天守が存在したとされ、これは日本初の層塔型天守といわれています。しかし1608年(慶長13年)に高虎が伊勢・伊賀へ転封となった際、『寛政重修諸家譜』の記述によれば、天守は伊賀上野城に移築する目的で解体され、1610年(慶長15年)の丹波亀山城天下普請の際に徳川家康へ献上され、亀山城へ移築されたとする説があります。ただし天守台がないことから「天守がなかった」という説もあり、天守の存在については現在でも結論に至っていません。存在したとしても最長で約6年間しか存在しなかったことになります。
5. 現在の復興建造物
現在の今治城は1980年(昭和55年)以降に天守や櫓、鉄御門などの再建が進み、雄大な城郭の姿がよみがえりました。1980年に再建された五重六階の復興天守は、なぜか望楼型の構造で建てられており、内部は今治城や地域の歴史・自然・美術に関する博物館になっています。天守最上階は360度パノラマの展望台で、瀬戸内海・しまなみ海道の絶景を一望でき、現在の眺望に江戸時代の今治城を重ねて見ることができるアプリ「今治城AR」も楽しめます。また、1985年に再建された御金櫓、1990年に再建された山里櫓、武具櫓、2007年に復元された鉄御門なども見どころとなっています。
6. 松平氏の治世と廃城
藤堂高虎の転封後、養子の藤堂高吉が城代として居城しましたが、1635年(寛永12年)に高吉も伊賀国名張へ転封となり、代わりに初代伊予今治藩主となる松平定房が入城しました。今治城は明治維新まで松平(久松)氏が11代にわたって城主を務めました。松平氏は徳川家康の異父弟である松平康元を祖とする久松松平家で、今治藩の発展に大きく貢献しました。1869年(明治2年)に最後の藩主松平定法が今治藩知事に就任し版籍奉還が行われ、これに伴い今治城も廃城となり、ほとんどの建築物が破却されました。1871年(明治4年)の廃藩置県により伊予今治藩も廃止されました。
7. 日本初の平和的な城
今治城は戦国時代から江戸時代への転換期を象徴する「日本初の平和的な城」とも呼ばれています。従来の戦国時代の城が敵の侵入を防ぐための複雑な迷路や大規模な防御設備を重視していたのに対し、今治城は侵入した敵兵への攻撃能力はあるもののシンプルな造りで、藤堂高虎が自身の政治や治世、日常生活を送りやすい設計として築城したためです。戦乱の世を脱し平和の世へ向かう過程で、「落ち着いた江戸」をイメージさせる城として築かれ、その五重五階独立式層塔型の天守閣は当時としては珍しく、後の建築に大きな影響を与えました。
8. 文化施設としての今治城
現在の今治城は単なる観光地ではなく、重要な文化施設として機能しています。天守内部は今治城の歴史を史料やパネルで紹介するミュージアムとなっており、城郭の背景を学ぶことができます。御金櫓と山里櫓の内部には古美術品が展示され、小さな美術館として活用されています。また、今治城は築城・開町400年を記念して2004年(平成16年)に藤堂高虎の銅像が建立され、天守と一緒に写真撮影ができる人気スポットとなっています。さらに、2024年には藤堂高虎武将印(今治城オリジナル)も製作され、城郭ファンや歴史愛好家にとっての魅力が増しています。
9. 夜間ライトアップと年間行事
今治城の大きな魅力の一つが、照明デザイナー海藤春樹によるデザインの美しい夜間ライトアップです。毎日日没30分後から22時まで昼間とは違った幻想的で美しい姿を見ることができ、堀の水面に天守や石垣が映る光景は特に美しく、多くの観光客を魅了しています。今治城は夜間のライトアップが大変美しいことで知られ、訪問の際は一泊して夜景も楽しむことが推奨されています。また、夏には「おんまく花火」が今治港付近で開催され、今治城の背後に映る幻想的な花火を見ることができる絶好の観覧スポットとしても人気です。
10. アクセスと観光情報
今治城はJR予讃線「今治駅」からせとうちバス「今治営業所行き」で約9分「今治城前」下車と交通アクセスが良好です。しまなみ海道・今治ICから車で約10分、今治小松道・今治湯ノ浦ICから車で約15分の立地にあります。吹揚公園は24時間入園可能で、天守の観覧時間は9:00~17:00(最終入館16:30)、観覧料は一般520円、学生260円、高校生以下無料となっています。第1駐車場は54台収容で1時間無料、以降30分100円(上限800円)と利用しやすい設定です。御城印(300円)や日本100名城スタンプも設置されており、城郭ファンにとっても満足度の高い観光地として整備されています。
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